大阪地方裁判所 平成3年(ヨ)903号 決定 1991年5月21日
債権者
藤本巧
右代理人弁護士
斉藤真行
井上直行
債権者
大池市場協同組合
右代表者理事
三谷智恒
右代理人弁護士
田浦清
主文
一 債権者が債務者の従業員たる地位にあることを仮に定める。
二 債務者は、債権者に対し、平成三年四月から本案の第一審判決言い渡しに至るまで、毎月二五日限り月額三五万五〇〇〇円の割合による金員を仮に支払え。
三 債権者のその余の申立てを却下する。
四 申立て費用は債務者の負担とする。
事実及び理由
第一申立ての趣旨
一 主文第一項同旨
二 債務者は、債権者に対し、平成三年四月から毎月二五日限り三五万五〇〇〇円の割合による金員を仮に支払え。
第二当裁判所の判断
一 争いのない事実及び疎明資料と審尋の全趣旨によると、次の事実が一応認められる。
1 債務者は、肩書地に主たる事務所を置き、同所の大池市場の施設の経営及びその維持管理等の事業を行う協同組合である。大池市場は、もと公認市場であったが、昭和六二年一月、市場の活性化を図るため大改装をし、その市場内の中核としてスーパーマーケット「サンパンド大池」を置くこととし、同年四月、債務者の組合員が出資して、食料品等の販売を行うこと等を目的とする株式会社サンパンドを設立した。現在、債務者の代表者である三谷智恒が代表取締役の地位にあり、債務者の組合員である川田昌弘、原田正弘、中薗忠實、吉田敏彦がそれぞれ取締役の地位にある。
2 債務者の組合員は、すべて小売商人であり、大池市場内のサンパンド大池を中心にして、これを囲むような形に位置する各自の占有店舗部分で、独自の業種にかかる商品の販売に従事している。大池市場の顧客は、組合員の各店舗で買い求めた商品もサンパンド大池で買い求めた商品と一緒に、レジを通過して代金を支払うシステムとなっている。
3 債権者は、昭和六二年五月ころ債務者に雇用され、同時に株式会社サンパンドに出向し、同年九月ころからサンパンド大池の店長として稼働している。同店では常勤の従業員は債権者だけであり、パートタイマー一名と他にアルバイト約九名をレジ係として使っている。店長の職務は、商品管理が主たるもので、サンパンド大池店舗内の陳列コーナーの商品の発注、値付け、点検、陳列等を行うこととなっている。レジの登録操作、釣銭補充、売上金の精算等のレジ関係、伝票整理や事務処理及び人事は、債務者代表者の三谷智恒が担当していた。
4 債権者の父藤本芳秀は、もと債務者の組合員で大池市場内で果物小売業を営んでいたが、前記活性化の際に組合から脱退して、右営業を止めた。その後は、そのころに債務者から大池市場内の店舗を賃借して生鮮魚介類及び塩干物小売業を営むようになった岩永雄二の従業員として、右店舗で働いていた。ところが岩永が債権者の父芳秀に対して右店舗の賃借権を譲渡したことが債権者の知るところとなった。債務者及び株式会社サンパンドは、賃借権の無断譲渡を理由に賃貸借契約を解除したうえ、平成元年七月二六日、岩永と債権者の父芳秀ほか一名を相手取って店舗明渡等請求訴訟を提起した。
5 債権者は、自己の雇い主から父が訴えられたことから、無関心では到底おれず、しかも父の年齢が高いうえ心臓に病気を持っているため、同人の健康を気づかい、訴訟の援助をするため弁護士との打合せに付添ったり、弁護士から指示されて法廷傍聴をするため裁判所に赴いていた。債権者は、労働基準法に定める有給休暇の制度を知らなかったため、裁判の都度、債務者に対し職務免除の申立てをしたが、これを認めて貰えず、止むなく業務の支障のない範囲で職場を離れた。債権者が、これまで右の目的で職場を離れたのは次のとおり六回であり、いずれも債権者において外出前に商品の発注等の業務を行い、帰社後においても不在中の報告を受けて処理しており、業務に実質的な支障が生じることはなかった。
(一) 平成元年一〇月一四日午後三時ころから午後五時ころまで
(二) 平成二年三月九日午後一時ころから午後四時三〇分ころまで
(三) 同年四月二〇日午後一時三〇分ころから午後四時三〇分ころまで
(四) 同年五月二九日午後三時ころから午後四時三〇分ころまで
(五) 同年六月二九日午後二時ころから午後四時三〇分まで
(六) 同年七月二四日午後三時ころから午後四時三〇分ころまで
また、債権者が不在の時には、債務者代表者の三谷智恒が店長職を代行したが、同人も出廷するなどして代替者がいないままの時もあった。
6 前記訴訟について、大阪地方裁判所において、平成二年一一月一三日債権者の父芳秀ら敗訴の判決が言い渡され、同人らは直ちに控訴した。控訴審において、第二回口頭弁論期日が平成三年三月二二日と指定され、この期日に債務者代表者と債権者の父芳秀の各尋問が行われることになった。債権者は、これまでと同様、この期日にも付添いとして裁判所に赴くため、同年三月一五日に口頭で、同月一七日には文書で、債務者代表者らに対し、同月二二日を有給休暇とする旨の請求をした。しかし、債務者代表者らが文書の受領を拒否したため、債権者は、同月二二日の全日についての有給休暇届を郵送し、同月二〇日債務者に送達された。
7 これに対して債務者は、同日付けで「休暇日平成三年三月二十二日は店舗運営上、特にレジ回り管理を出来る人がなく支障をきたすので認められない。有給休暇日として平成三年三月二十三日を取るよう通知します。」と記載した書面を翌二一日に債権者に交付し、右債権者の年次休暇請求に対して時季変更権を行使した。債権者は、同月二三日ではその休暇目的を達することができないとして、この変更に従わず、同月二二日に休暇をとって実父に付き添って裁判所に赴き、職場を離れた。
8 債務者は、翌二三日、債権者をサンパンド大池事務所に呼出し、業務命令に従わなかったことに対して始末書を提出するよう命じたが、同月二五日になっても債権者は始末書を提出しなかった。債務者は、同月二六日債権者を右事務所に呼出し、再度始末書を提出するよう求めた。しかし、債権者において業務命令違反の事実を認めず、始末書も提出することを拒否したため、即時に右業務命令違反を理由として債権者を解雇することにし、その旨告知した。債務者は、労働基準法二〇条一項に定める普通解雇の方法をとり、差額給与と解雇手当てを提供したが、債権者はこの受領を拒否したため、債務者は供託した。なお、債務者には、従業員の懲戒解雇等懲戒処分について定めた就業規則等は存在しない。
二 以上の事実に基づき、本件申立ての当否について次のとおり判断する。
1 前記認定の事実からすると、債権者のした本件解雇の実質的理由は、債権者が、債務者の時季変更権の行使に従わずに職場を放棄したとの業務命令違反によるものであることが明らかである。
ところで、使用者が従業員からの時季を定めてした年次休暇請求に対して時季変更権の行使が許されるのは、事業の正常な運営を妨げる場合に限られるものであり、この事業の正常な運営を妨げるかどうかの判断にあたっては、事業の規模、内容、その従業員の担当する業務の内容、性質、業務の繁閑、代替者の配置の難易等諸般の事情を考慮して決定すべきである。そして、事業が小規模で、従業員も小人数であることから代替勤務者が恒常的に不足する場合であっても、なお使用者において、従業員がその指定する時季に年次休暇を取れるように配置しておくべき義務があり、このような配慮をしないでした時季変更権の行使は違法というべきである。
これを、本件についてみると、前記認定のとおり、サンパンド大池においては、店長である債権者に差し支えがある場合に、債権者に代わってその事務を遂行してきた者は、債務者の代表者である三谷智恒だけであり(場合によっては代替者なしのままのときもあった)、その事務は、特別な専門的知識や技能を要するものではなく、むしろ小売商人である債務者の役員ないしは組合員であれば、容易に行えるものであり、組合員は日頃サンパンド大池の自己の占有部分である店舗にいて、各々の業務に従事しているものであるから特に遠隔地に赴く必要はなく、また、代替勤務につく場合にはそれぞれの固有の業務に専念できなくなるとしても、複数の役員ないしは組合員で輪番で担当する等によりその負担を軽減することができるものであったところ、債務者において、債権者が指定した時季が実父らと債権者らと控訴審での審理が行われる日であることを十分に知りながら、代替勤務員を確保することが容易であったにもかかわらず、何らの手立てを講じないままに直ちに時季変更権を行使していることが明らかであり、したがって、このような時季変更権の行使は違法であり、従業員である債権者においてこれに従う義務はなかったというべきである。
債務者は、債権者の解雇の理由は、右業務命令に従わなかったことばかりでなく、<1>レジ操作の不正、<2>職場放棄、<3>無断コピーなどを上げているが、<1>については、債権者において自己の誤りを認め、減給三万五〇〇〇円カット六か月の処分を受けていること、<2>については、前記の法廷傍聴等のため職場を離脱しただけであり(これ以外に無断で職場を離脱したことの疎明がない)、債権者が職場を離脱したのは債務者において職務免除の申立てを認めなかったことによるものであり、しかもこの点についても既に平成二年一二月期のボーナス三〇パーセントをカットするとの処分を受けていること、<3>については、疎明資料によると債権者が父の訴訟の証拠とするため債務者の文書を無断でコピーしたものであること、しかしこの文書は別段債務者の業務上秘密にしておかなければならないようなものではなく、組合員及び従業員であれば誰でも容易に閲覧できるものであったことが一応認められること、したがって、債務者が主張するこれらの事柄は、いずれも既に処分済のものであるか、あるいは極めて軽微な職務違反行為とみられるものであり、債権者を解雇しなければならないという事情があったとは到底いうことができない。
前記認定の事実からすると、債務者は、債権者が債務者所有にかかる大池市場の店舗賃借権の無断譲受人で、同所からの排除を求めて提起した訴訟の相手方の実子であるうえ、この訴訟を静観する立場をとらず積極的に支援する等いわば利敵行為を働いたことに嫌悪感をもち、時季変更に従わずに休暇を取ったということを口実に、債務者からの排除を企図して、本件解雇の意思表示をしたものと推認することができ、このような事情のもとにおいて従業員である債権者を解雇に処することは、著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認できないと言わざるを得ない。
よって、債務者のした解雇の意思表示は、解雇権の濫用であって、無効であるというべきである。
2 債権者は、債権者が債務者の従業員たる地位にあることを仮に定めることを求めるところ、債務者はこの地位を争っている。疎明資料及び審尋の全趣旨によると、債権者がこのまま本案判決の確定を待つのでは、それまで債務者から賃金の支給その他従業員として当然受けるべき待遇を一切受けられず、債権者が債務者から得る賃金等で支えてきた自己と家族の生活も維持できなくなるなど、右申立て部分につき仮処分の必要があることが一応認められる。
よって、右申立て部分は理由があり、事案の性質上保証を立てさせないでこれを認容すべきである。
3 債権者は、右従業員の地位に基づき、賃金の仮払いを求めるところ、疎明資料及び審尋の全趣旨によって一応認められる債権者の債務者における従来の地位、債権者と家族の生活状況、債権者の収入額(三五万五〇〇〇円)、それを失うことによって予想される困窮度などの事情を考慮すれば、債権者が本件申立てをした月である平成三年四月から第一審判決の言渡しまでの限度で、毎月二五日限り解雇時の月額三五万五〇〇〇円の割合による賃金の仮払いを債権者に受けさせる必要があるといえる。
よって、右申立て部分は、右の限度で理由があるから、事案の性質上保証を立てさせないで認容すべきであり、その余の部分は理由がないから却下すべきである。
三 以上のとおりであるから、右二において本件申立てを認容すべきものとした部分を認容し、その余は理由がないから却下することとし、申立費用の負担につき民訴法九二条、八九条にしたがい、主文のとおり決定する。
(裁判官 宮城雅之)